弘前市教育委員会が5月20日、「久渡寺(くどじ)」(弘前市坂元)所蔵の幽霊画「返魂香之図(はんごんこうのず)」が円山応挙(まるやまおうきょ)の真筆であることを発表した。
「返魂香之図」は足が見えない女性が描かれた幽霊画で、久渡寺では1年に一度だけ旧暦の5月18日に当たる日に一般公開する。須藤光昭住職によると、真贋(しんがん)を確かめようと昨夏から弘前市文化財審議委員に調査を依頼していたという。同日、弘前市教育委員会が市有形文化財に認定した。
今回の調査で判明したことは、2人の妻と22歳離れた愛人を亡くした弘前藩の家老・森岡元徳が、彼女たちを供養するために円山応挙に製作を依頼したものという。森岡元徳は1784(天明4)年2月、森岡家にゆかりの深い久渡寺に同絵画を寄進し翌年4月自害した。
国宝「雪松図屏風」作者の円山応挙は幽霊画の名手としても知られる。「返魂香之図」の箱書きや箱の中に収められていた「游魂図説」によると、応挙が描いた幽霊画は3軸あるという。その1つとされるアメリカ・カリフォルニア大学バークレー校付属美術館寄託の幽霊画「お雪の幻」は、夢枕に立った愛人の姿を描いたもので、同作品には応挙の落款・印章があることから唯一の真筆とされていたが、落款のない「返魂香之図」も真筆となったことで、2軸が明らかになった。
幽霊画を日本美術の視点からまとめた「うらめしい絵」(誠文新光社)の著者で東京藝術大学大学美術館助教の田中圭子さんは「墓所や過去帳の調査で、実際に森岡元徳の近親者がモデルとなっていたこと、制作や奉納の経緯が裏付けられたことは美術史的にも意義深い。『愛する人にもう一度会いたい』という返魂香の故事を作品名に使ったことがよく理解できる」と話す。
「返魂香之図とお雪の幻を比較すると構図や描法はほぼ同じだが、表情にはやや違いがある」とも。「両作とも、目鼻口の描き方は応挙が描いた楊貴妃(ようきひ)など高貴な女性の典型に通じており、特定の個人を描いたというよりは理想化された美人の描き方を踏襲している」と田中さん。
「『お雪の幻』は落款があることで応挙の真筆とされるが、絵から抜け出てくるような幻惑感に欠ける。『返魂香之図』が供養のために描かれたのであれば、絵師が落款を入れなかったことも理解できる。一年に一度、香炉の煙越しに拝観するという久渡寺の鑑賞方法もふさわしいのでは」と話す。
2017(平成29)年に久渡寺住職となった須藤さんは「かつて考古学を専攻していたことから、久渡寺に所蔵されている物を次の世代に伝えていきたいという気持ちが強い」と話す。「返魂香之図」は劣化が進んでいたことから、2019年に約1年間掛けて本格的な修復を行ったという。
須藤住職は「箱書きには、明治時代に質草として流出しかけたことがあり地域の有志が救った経緯が記されている。今後も地域住民と一緒に、幽霊画を市の文化財として守り伝えていきたい」と話す。
「返魂香之図」の一般公開は今年6月27日に行うほか、8月13日~15日にも特別公開を予定している。