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シングルマザーの人生に差し込んだ「推し」という光。弘前出身・凪倫子さんが自著で伝えたいこと

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自著「36歳、初めて推しができました。」を手にする凪倫子さん
自著「36歳、初めて推しができました。」を手にする凪倫子さん

5歳の娘を抱え、東京で育児と仕事に精一杯の日々を送るシングルマザー。シェアハウスの同居人たちに支えられながらも、誰かに託すことのできない不安や苦労、心細さを一身に抱える生活の中、「推し」との出会いが一筋の光となり、人生が輝き始めた―。
そんな実体験がつづられた「36歳、初めて推しができました。」(文芸社)。著者で弘前市出身の凪倫子(なぎ りんこ)さんは、第7回「人生十人十色大賞」で最優秀賞に輝き、今年7月に書籍化されました。SNSを中心に話題が広がり、ついには「推し」である俳優・山田裕貴さん本人が帯文を寄せるという“奇跡”も起きています。
著者の凪さんに、本書を執筆した経緯や同じ境遇に悩む方々へのメッセージを聞きました。

凪倫子さん
弘前市出身、東京都在住。2024年、第7回人生十人十色大賞で本作が最優秀賞受賞。

きっかけは「推し友」への感謝。みんなで書いた物語

―この度は書籍化おめでとうございます。本作を執筆したきっかけを教えてください。

当初は「推し友」に感謝を伝えたくて書いたもので、作品は友人だけでシェアできればと思っていたんです。まとめた後、ぴったりの賞があるから応募してみようかと思ったら、こんなことになってしまいました(笑)

―「推し」本人に伝わり、帯文をもらうという貴重な経験もされましたね。

本著の存在を知ったご本人が、ラジオで『推薦文を書きたい』と言ってくれたんです。推し友が盛り上げてくれた結果でした。作品自体も一人では書けなかった題材で、みんなで書いた物語だと感じています。一般人の私にとって自著にサインを求められることも新しい喜び。本当に書いてよかった、すべて元をたどれば「推しが降ってきてくれてありがとう」という思いです

凪さんの推し・山田裕貴さんによる帯文凪さんの推し・山田裕貴さんによる帯文

描きたかったのは、推し活の先にある人生の変化

―作中では、推し活ライフそのものよりも、育児や仕事に奮闘する日常に多くのページを割いているのが印象的でした。

一番伝えたかったのは、シングルマザーとして精一杯の生活を送っていた中、楽しめるものが見つかって人生の見方が変わったということ。そのため、推し活そのものについて書く比率は意識してかなり抑えました。はじめは、タイトルから「推し活」というキーワードで手に取ってくれた人たちには響かない内容かも、と心配しましたが、SNSを見ていると好意的な感想をとても丁寧に書いてくださっている方が多くて。推しに出会う以前の部分に力を入れて書いてよかったと思っています

―シェアハウスでの3人の住民たちとの温かなやりとりも、物語の核になっています。

子育てにおいて、シェアハウスにいたから助けられた部分がかなりあり、とても感謝しています。ひとり親って、離婚して間もなくは頑張れるんです。アドレナリンが出まくって育児も仕事もこなせるのですが、現実的には段々と体と心がついていかなくなる。『あ、独りじゃ無理だ』って気付くんですが、その時に頼り先を見つけられる人もいれば、そうでない人も絶対いる。私はシェアハウスにいたから、みんなに話を聞いてもらえたし、助けてもらえたんです

―お子さんの急病と仕事との間で葛藤する場面は、胸に迫るものがありました。

子どもがかわいそうだし、本当は仕事を休んで診てあげたい。でも欠勤してしまうと生活費に大きく響くので休めない、という葛藤がありました。当時の職場は子育てに協力的で恵まれていたんですが、自分の心が甘えるのを許せない気持ちもあって。当時はシングルとしてとにかく必死でした。同時に、子どもに気を遣わせてしまっていることに自己嫌悪することもあったり…

―お子さんの発達障害と向き合う日々も書かれています。

あとがきに記していますが、実際の私には3人の子どもがいます。我が子の発達障害について書くことは悩みましたが、個性として尊重してあげたかった。そこで、3人の人格をミックスした「ひまり」という存在を通じて育児の日々をつづりました。発達障害と診断されたことは「子どもといる時間を増やそう、そのためにはなにより自分のゆとりを確保しないと」と、これまでの働き方を変える転機にもなりました。子どもの成長に寄り添うことで、私自身も学びをもらっています。「育児」とは「育自」であるということを日々かみしめています」

「好き」で繋がる心地よさ

推しである山田裕貴さんのイベントに参加する凪さん推しである山田裕貴さんのイベントに参加する凪さん

―そんな凪さんに推しとなる山田裕貴さんが“降って”きます。

子どもが観たがっていた映画「東京リベンジャーズ」を映画館で鑑賞したときのことです。副総長「ドラケン」役の山田裕貴さんが登場した瞬間に目が釘付けになってしまい…。そこから山田さんのことを調べるうちに「前に見たあのドラマにも出てた!」「ほかの出演作も全部チェックしたい!」と完全にハマってしまいました。SNSで推しを追っていくと、自然と自分に似通った推し友もできて心地よいコミュニケーションが生まれ始めました。推し活を始めたことで人とのつながりが一気に増えましたね。

―お子さんの発達障害について同様の悩みを持つ親同士で共感しあうことが救いになった、という気づきは、「推し友」との関係性にも通じるように感じました。

同じく発達障害の子を持つ友達の相談に乗ったことが、自分の苦労を共感してもらえる機会になって気持ちが軽くなったんですよね。私にとっては育児書のアドバイスよりも、価値観を共にする相手との会話が必要だったんだと気づきました。推し友についても、推しという共通項があって、ただただ「好き」という気持ちを共有する関係。自分の身の上を説明する必要はないし、身近な人にはできないような悩み事の相談も気楽にできる。推し友という新たな仲間ができてからは、自分の中に悩みをため込まなくて済むようになりましたね。

今、同じ場所にいるあなたへ

「人生十人十色大賞」の授賞式で賞状を手にする凪さん「人生十人十色大賞」の授賞式で賞状を手にする凪さん

―作中には「ばっけ」(フキノトウ)や「ビンの焼肉のタレ」など、弘前出身者なら分かるヒントが散りばめられています。

1000円のばっけが出てきますね(笑)。きれいにパック詰めされてるんです。実家の庭に生えてるようなものなのに(笑)。あとは「砂糖が塗られた外国の国旗が描かれてるパン」とかで、分かる人は分かりますね。「おでんを食べるときはしょうが味噌をつける」とかも。実はそもそも、ペンネームの「倫子」は「りんご」から取ってるんです。

―最後に、本書を通じて同じ境遇にある方々へ伝えたいことは何ですか?

一番心配しているのは、この本を読んだひとり親の方が「もっと自分も頑張らなきゃ」と受けとってしまうこと。みなさんが今でも実際、十分に頑張ってらっしゃるのは私自身がわかるし、そういう風に捉えないでほしいなと思っています。伝えたいのは、育児と仕事に追われる生活の中にも楽しめるものがあるんだよ、ということ。そして困り果てて辛くなったときには、ちゃんと「辛い」と言っていいんですよ、ということ。

―地元で子育てに励む皆さんへのメッセージもお願いします。

弘前は土地柄、狭い人間関係に縮こまって相談事に消極的な人が多いのでは、と想像します。しかし、今の時代はSNSなどを使って自分で発信できます。地元に住んでいても全国に仲間を作ることができる。だから、今いる場所を窮屈に感じなくていいんです。頼れる場所をちゃんと見つけること。私にとって、それがシェアハウスの仲間だったり、推しであったり、SNSでつながった推し友の輪だったんです。

36歳、初めて推しができました。


36歳、初めて推しができました。書影

【著者】凪倫子 (なぎりんこ)
【出版社】文芸社
【定価】1,650円 (本体 1,500円)
【判型】四六並
【ページ数】288ページ
【発刊日】2025/07/15
【ISBN】978-4-286-26623-7
【カバーイラスト】あわい
【カバーデザイン】白畠かおり

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