弘前市内で現在、青森県民芸協会会長の会田秀明さんが所有する古民家が「忍者屋敷では」と話題になっている。
床の間が狭く、押入れの奥行と比較すると隙間があることがわかる
江戸時代に建てられたといわれる同家屋は、客間と寝室の床の間の裏に人が1人隠れられるスペース(幅60センチ×奥行き95センチ)や、人の侵入などを音で知らせる「ウグイス張り」のような仕掛けがある。
会田さんによると、青森県民芸協会創設者の相馬貞三さんが1952(昭和27)年に購入した家屋で、1989年まで相馬さんが住居として使っていたが、相馬さんが亡くなった後は、民芸品の販売会やイベントなどに使っていたという。会田さんは「80歳となり、家屋を維持するのも難しくなってきた」と話す。
古民家調査を行った青森大学薬学部薬学科教授の清川繁人さんは「同家屋の2つ前の家主の棟方嘉吉さんが忍者の関係者だったのかもしれない」と推測する。清川さんによると、職業としての忍者は江戸期以降に衰退していったと見られるが、津軽藩では「早道之者(はやみちのもの)」という忍者集団が長く存続していたという。「ロシア船が蝦夷地に上陸を始め、北方警備をするために早道之者が動員された歴史的背景があり、津軽藩では忍者が残り続けた」と話す。
会田さんは「取り壊すことも考え、今年2月ごろから動き始めていた。地元で話題となったことで、残してほしいといった声やアドバイスなどをいただくようになりうれしい」とも。現在は弘前市教育委員会が調査を進めており、年度内には間取り図などを資料として作成するという。
会田さんは「30年近く管理してきたため、文化財として市などに引き取ってもらえればうれしいが、かなわないのであれば、誰かに残し続けてもらいたい」と話す。
清川さんは「忍者は薬の知識が豊富で薬業に転じた忍者も多かった。棟方さんから買い取った際、薬草の匂いが強かったという話があったころからも忍者屋敷だった可能性が高い」と期待を込める。