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弘前の古着店に「軍服」里帰り ニューヨークで偶然発見、タグから地元と判明

弘前で作られた軍服と「BUTTON UP clothing」店長の角田雄亮さん

弘前で作られた軍服と「BUTTON UP clothing」店長の角田雄亮さん

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 弘前市のヴィンテージストア「BUTTON UP clothing」(弘前市大町、TEL 0172-37-6699)店長の角田雄亮さんが、弘前で作られた軍服をニューヨークで買い付けた。

襟元には弘前市の住所で「福士洋服店」と書かれたタグが縫い付けられている

 軍服にはかつて弘前大学(文京町)前にあった「福士洋服店」のタグが縫い付けられてあり、内ポケット付近には「瀬尾」という名前が刺しゅうされている。

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 角田さんは「軍服は身長160センチくらいの背丈の方が着ていたと見られ、戦時中に作られたものではないかと推測している。当時の合金で作られたボタンは5個すべてそろっており、70年以上前の服とは思えない。当時の仕立て技術には感動する」と舌を巻く。

 アメリカやヨーロッパの古着を扱う同店。店頭に並ぶ商品は、角田さんが直接アメリカのフリーマーケットなどで買い付けているという。「3月に渡米した際、ニューヨークの古着店で軍服を見つけた時は、手が震え興奮した。思わず、店員に『俺はこの町から来たんだぜ!』と声に出してしまった」と笑う。

 戦時中に軍服などを仕立てていたという同市にあった洋服店「松屋」の親族である野呂良明さんによると、軍都だった弘前は戦時中、県外から多くの訓練兵が訪れたといい、訓練を終えると弘前で新しく軍服を新調し戦地に赴いたという。「特に終戦間際になると、旧弘前偕行社(御幸町)の敷地内に市内の洋服店が集まり、軍服専用の工場が作られていた。『瀬尾』という苗字は弘前では珍しい。県外から来た人なのかもしれない」とも。

 角田さんは「どういった経緯で弘前を離れ、ニューヨークまで渡って行ったのか。想像するだけでもいろいろなドラマを思い描いてしまう。売り物にはしていない。できればこの軍服を『瀬尾』さんの親族や関係者に返したい」と話している。

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