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【対談】弘前市長×大学生「私たち学生にアップルパイをなぜ配るのですか?」

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私たち学生にアップルパイをなぜ配るのですか?

 弘前市が新型コロナウイルス感染症による経済的支援のため、市内の学生にアップルパイを配布すると報道されました。ネットの声では「米やパンといった主食がいいのでは?」「生活支援になるものの方がいい」「マリー・アントワネットかよ」といった否定的な意見が目立ち、話題を集めました。私たち弘前経済新聞の学生記者も「アップルパイをなぜ?」と感じたため、その真意を知りたく櫻田宏弘前市長を取材することにしました。

Q.アップルパイをなぜ配るのでしょうか?

櫻田市長 弘前市はリンゴの生産量が日本一で、市内には県産リンゴを使ったアップルパイ提供店が40店舗以上あります。アップルパイに着目して情報をまとめた「弘前アップルパイガイドマップ」は、旅行者向けの食べ歩き観光マップとして愛用され、近年はアップルパイ提供店を巡るタクシーツアーや弘前のアップルパイだけのレシピ本を出版するようになりました。

市内の提供店を紹介する「弘前アップルパイガイドマップ」(弘前観光コンベンション協会HPより)市内の提供店を紹介する「弘前アップルパイガイドマップ」(弘前観光コンベンション協会HPより)

市としては、これまでにさまざまな新型コロナウイルス感染症対策の事業を行っています。飲食店への事業継続支援金や休業協力金だけでなく、それぞれの団体が行う販売促進事業への支援など、昨年は88の事業、今年は8月までに32の延べ120事業を実施しています。

今回のアップルパイの配布もコロナ対策事業の1つです。昨年から行っている「大学生向けの地元産品を活用した食支援プロジェクト」の中で、弘前市だからこそできる、学生たちの記憶に残るものを提供しようと考え、アップルパイにしました。

インタビューに応じる櫻田宏弘前市長 ※撮影時はマスクを外しましたインタビューに応じる櫻田宏弘前市長
※撮影時はマスクを外しました

Q.大学生向けの地元産品を活用した食支援プロジェクトとは?

櫻田市長 弘前大学と包括連携協定を結んでいる青森県内15市町村が、自粛生活が強いられている大学生に、食を通じた支援をするというプロジェクトです(昨年は13市町村が参加)。支援に各々の地元産品を活用した特産品を配布することで、その価値と魅力を認識してもらうという目的があり、弘前大学が企画したものです。各市町村が弘前大学の企画に賛同し、実施しました。

昨年の食支援プロジェクト様子(写真提供=弘前大学)昨年の食支援プロジェクト様子(写真提供=弘前大学)

Q.どのような支援となるのでしょうか?

櫻田市長 支援する方法は2つあります。1つは、各市町村が弘前大学のキャンパス内にテントを張り、地元産品の詰め合わせパッケージを直接学生に手渡しする方法。もう1つは大学内の学生食堂を通じて提供する方法です。自治体は2つのうち、どちらかの方法で支援します。弘前市は昨年、新型コロナウイルス感染症の影響でアルバイト収入が減るなどの経済的に困っている学生を優先し、青森県産の米や市の特産品などを使ったおかずの詰め合わせセット200個を無償で提供しました。

昨年の様子(写真提供=弘前大学)昨年の食支援プロジェクト様子(写真提供=弘前大学)

Q.今年はどのような支援となるのでしょうか?

櫻田市長 今年の支援は「楽しみの食」で学生を応援することにしました。昨年実施したパッケージによる支援では、用意できる個数が限られ、多くの学生に提供できないという反省がありました。弘前市は弘前大学だけでなく、市内の大学や専門学校の学生にも合計6000個のアップルパイを配布し、学生生活を応援します。

昨年、深浦町が「雪にんじんのスムージー」、田子町の「にんにくの素揚げ」といった地産の食材を生かしたオリジナルメニューを提供して好評だった(写真提供=弘前大学)昨年、深浦町が「雪にんじんのスムージー」、田子町の「にんにくの素揚げ」といった地産の食材を生かしたオリジナルメニューを提供して好評だった(写真提供=弘前大学)

Q.「楽しみの食」という支援に変えた理由は?

櫻田市長 少しでも元気になって明るい気持ちになってもらいたいと考えたためです。弘前大学から協力依頼があり、当初は昨年同様に米の配布も考えました。しかし、ほかの自治体でも米を配付するという情報があったため、どのような支援方法、品目がいいかを再検討しました。

そこで参考にしたのは、昨年実施した際のアンケートや弘前大学の生活状況調査です。市内すべての大学、専門学校の教職員からも意見を聞き取りました。学生たちの経済的な状況について、アルバイトの減少などで困っている学生が一部にはいたものの、全体としては改善傾向にありました。しかし、多くの学生が日常の中で好きな物を買ったり食べたりすること、友人と会食に行くことを我慢しているといった様子が見えただけでなく、オンライン授業やサークル活動の制限などでストレスを感じていることも分かりました。

昨年、お菓子やスイーツを配付した自治体があり、甘い物を我慢している学生に非常に喜ばれていたことは分かっていました。県外から進学した学生のお土産品として意識づけになっている様子もアンケートから読み取れたため、弘前市としてアップルパイを活用しようという考えに至りました。

弘前大学4年で弘前出身の齊藤愛子さん。自身もアップルパイの配布には疑問があった弘前大学4年で弘前出身の齊藤愛子さん。自身もアップルパイの配布には疑問があった

Q.こういった取り組みがなぜ弘前で行われたのでしょうか?

櫻田市長 弘前には「学都」という古くから根付く文化や歴史があります。弘前市は現在人口が約17万人ですが、弘前市内の大学生は9000人以上、専門学校を加えると約1万人の学生が市内で学んでおり、学生と街が密接に関わっています。市内5高等教育機関が連携した「大学コンソーシアム学都ひろさき」が学生と大人たちを結び付ける地域活動を行ったり、市としては学生の活動を支援するための助成金や市の広報誌に学生向けのコーナーを学生が担当したりするなど、さまざまな事業を行っていました。

弘前大学3年・成島翼さん。北海道・旭川出身で昨年、パッケージをもらったという弘前大学3年・成島翼さん。北海道・旭川出身で昨年、パッケージをもらったという

私が市長になる以前の活動となりますが、社会人や学生が自由に意見を交換できる「やわラボ」という交流の場を定期的に開いていました。その中から町会の協力を得ながら弘前大学周辺に防犯カメラを設置したり、学生居酒屋を開業したりするなど、学生と街の大人たちを巻き込んだ企画が実現したことが多くあります。

弘前は教育に力を入れてきた土地柄で、学生を支援する土壌があり、学生に対してさまざまな支援を行っています。全国的に珍しい今回のような支援の背景には、もしかするとこういった「学都弘前」の文化があるのかもしれません。

Q.大学生に向けた支援は今回の「食」だけになるのでしょうか?

弘前大学3年・小林鮎奈さん。弘前の隣・平川から弘前大学に通う弘前大学3年・小林鮎奈さん。弘前の隣・平川から弘前大学に通う

櫻田市長 「食」の支援だけではありません。市では学生の生活面での支援が引き続き必要と考え、補助制度に「特別枠」を設けて大学生限定の地域振興券事業を補助金で支援することにしました。5,000円分の地域振興券を2,000円で購入できるというもので、学生がスーパー、ドラッグストアなどそれぞれの生活に合わせて必要なものに充てることができるような支援になっています。

また、大学では感染拡大防止の観点から飲食店などでアルバイトすることを制限していた時期もあったため、学生とリンゴ農家をマッチングするしくみを作り、収穫作業などのアルバイトができる取り組みを実施しました。

Q.今回の事業に対するネットの声は読んでいらっしゃいましたか?

櫻田市長 読んでいましたが、ネットは匿名性が高い上、実際に支援を受ける大学生の意見かどうかが分かりません。発信するツールも複数あって、当事業に限らず、市の事業についてさまざまな意見を目にすることができることは、議論する上で大事なことです。今回はネットの声よりも、学生から回収した約2000件のアンケートや教職員から直接聞いた話を事業に生かしました。

取材は予定時間を延長して行われた取材は予定時間を延長して行われた

Q.ネットの声を読んでどう感じられましたか?

櫻田市長 「経済的に困窮している学生への支援」に対して「アップルパイ」ということのみを取り上げて論じられている印象があり、学生に地域の特産品の魅力を知ってもらう機会になるというもう一つの目的は十分に論じられていないように感じました。

経済的に困窮している学生への支援として地域振興券を同時に行っていることやこれまで実施した事業、昨年は米とおかずを配付したこと、さらには、弘前市だけでなく、他の自治体や民間事業者も含めて学生への支援の輪が地域の中で広がっていることにも注目してほしかったです。今後は市としても、一部の情報だけが切り取られて誤解されないよう、情報発信のしかたを学んでいかなければならないと感じました。

Q.弘前の学生に向けてメッセージはありませんか?

櫻田市長 弘前大学は在学者の約6割が県外出身者です。そんな県外出身の学生には在学中にぜひ弘前の魅力を感じてもらいたいです。そして、卒業後にもし弘前を離れてしまってもその魅力を感じ続けてほしいです。

櫻田市長櫻田市長

弘前では2019年から「弘前さくらまつり」や「弘前ねぷたまつり」とバーチャル・シンガー「桜ミク」がコラボしています。コラボの背景に実は弘前大学の卒業生がキーマンにいます。卒業して就職した先で弘前の魅力を自分の仕事に生かす。弘前ファンを増やしたひとつの良い事例です。

もちろん何年か先の話だけではなく、今回のアップルパイのことを、県外に住むご家族や友人らに弘前の魅力として伝えてもらうだけでもうれしいです。

また、アップルパイを食べた感想や意見を発信してもらうだけでもかまいません。私たちやお店側が今後アップルパイをどのように活用していけばいいのか非常に参考になるため、若い人の目線でどんどん意見を聞かせてほしいです。

学生記者と集合写真

学生記者から取材を振り返り

弘前市民として弘前の魅力を再確認
私たちの「どうしてアップルパイを配るのか?」という疑問に対して、丁寧にお答えいただき、貴重な時間となりました。弘前市長の弘前愛をひしひしと感じ、弘前市民として、学生として、弘前の魅力を再確認しました。(斎藤愛子)


報道の一面だけでなく、全体を知る大切さ
もし取材をしなかったら限られた情報を信じて「どうしてアップルパイを配るのだろうか」と疑問を持ったままでした。報道の一部分だけを見るのではなく、全体を調べることの大切さを今回の取材で学びました。(成島翼)


地元住民だからこそ知っておきたい弘前の魅力
大好きな弘前をより良いものにしたいという市長の熱い思いが伝わり、地元住民の一人として弘前や青森の魅力をもっと発見して、より多くの人達に伝えたいと思いました。そして、この取材を通して物事の一部分しか見ていなかったのだと気づきました。(小林鮎奈)

青森県内15市町村の地元産品を活用した食支援プロジェクト

地域の特産品を通じた学生支援プロジェクトで用意するアップルパイ6000個は、アップルパイガイドマップに掲載されている43店舗のうち22店舗が協力し、市内の5大学、7専門学校の学生であればそれぞれの大学・学校で受け取ることができます。詳しくは各大学・学校にご確認ください。

 

 

 

弘前経済新聞/学生記者と学生リポーター

地方に取材やリポーターの経験ができる機会が少ないという話があり、弘前経済新聞編集部が始めたことは「学生記者」と「学生リポーター」でした。将来ライターや記者を目指す学生に活躍の場として提供しています。過去には新聞記者やテレビリポーターになった卒業生もいます。 興味のある学生は編集部宛にお問い合わせください

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