弘前のねぷた絵師・八嶋龍仙さんが現在、自身の所有する墨絵が長崎の医学博士・永井隆さんの描いた作品ではないかと関連情報の提供を呼び掛けている。
1908(明治41)年生まれの永井さんは1945(昭和20)年8月、長崎で被爆し、白血病と闘いながら被災者の救護活動を続け、1951(昭和26)年に41歳の若さで死去した。生前は病床で原爆に関する医学研究を続けたほか、著書「長崎の鐘」「この子を残して」を執筆。「長崎の鐘」は後年、モチーフとした歌謡曲がヒットし、映画化された。
八嶋さんの所有する墨絵は和紙に描かれており、中央には隆さんの妻・緑さんと見られる女性が、手にロザリオを持ってキノコ雲の上に乗っている。緑さんは長崎原爆で爆死し、隆さんが発見した時には遺骨と焼け溶けたロザリオしかなかったという。絵の左下には、「原子雲 長崎 永井隆」の文字が書かれている。
八嶋さんによると、同絵は約10年前に弘前市内の古物商から手に入れたという。「古書などがまとまっていた『まくり』の中に入っていた1枚だったが、気にとめずコレクションとして保管していた」と八嶋さん。
「ある日、テレビで原爆の特集番組を見ていたところ、偶然『永井隆』の名前とキノコ雲を見て、絵のことを思い出した。あらためて確認してみると、同様の絵が長崎市永井隆記念館(長崎市)に展示してあることなどを知った」と話す。
6年前、地元新聞で取り上げられたことをきっかけに、長崎から同絵を見に訪れる人もいるという。「手を合わせる人やその場で涙を流す人などがいて、あらためて原爆の恐ろしさと後世に伝えていかなければいけないと感じた。本物であれば、永井さんの親族や関係者に寄贈し、本来の置かれるべきところで、原爆の悲惨さを伝えていく絵として多くの人に見てほしい」と八嶋さん。「できれば長崎に原爆が投下された8月9日までに実現したい」とも。
問い合わせは八嶋龍仙さん(TEL 0172-82-3152)まで。